支持される人、センターに立つ人は、
それ相当の努力をしなくちゃいけない。

この連載は、毎回そのことを教えてくれます。

歌然り、ダンス然り。
いつでも必要となれば、自分の引き出しから出せるよう、日頃から培っておく。

きっと誰もが知らなかったことなんでしょうが、
長くファンをやっているという自負があったにもかかわらず、
「レッスンに通う」光ちゃんがいるとは、想像だにしませんでした。

もちろん、ずっとそうしていたかはわかりません。
それこそこの数年… 
KinKiとしての賑やかしい活動がひと段落した、ここ最近のことかもしれないけれど。

ハウスダンスは2年前…
公演が中止になり、私達が「光ちゃん、何してる?」の思いを募らせている頃になる。
表立った活動ができない状況の中、
光ちゃんは光ちゃんなりに、その時にできる自分磨きを重ねていたのかもしれないな…

もちろん、想像の域でしかないですけどね。
その部分を読んだとき、ふとそんなことを思ったりもしました。


日本人男性の中でもとりわけ小柄な光ちゃん。
ステージに立つ人間としては圧倒的に不利な自分を
どう見せるべきか。

足りないものを補い、どう克服して、
さらには、どうやってそれを自分自身の武器にしていくか。


光ちゃんのここ数年のめざましいステージ上の進化は、
この「自分と向き合う」に他ならなかったんじゃなかなぁ、と感じました。
何が不得手で、何を伸ばせるか。
ちゃんとそこに向き合い、超えていったからこその、
あのグラコンだったり、夢幻の実現だったりするわけなんですよねぇ。


ダンスとの出会いは、その後の光ちゃんの生きる指針となったんですね。
時には闘いであったり、また時には誇りだったり。

でも、そこから離れた自分には自信が持てなくて反省反省…(^^;

まぁ、なーーんて光ちゃんらしい文面なんでしょ!

こういう人間味溢れたカワイイところが、もう大好き大好き(*^_^*)



さてさて。

もう一方のお二人語りから感じたことを少しだけ。
(あ、実はとーーっても長いです(笑))



「素敵な楽曲を歌える場所」

この言葉を表立って見たのは2度目…かな?(前はオリコンでしたっけ)

2度も同じ言葉を使って表現してるんだから、
もうね、
これで勘弁してもらえないかなー…… って思うんですよ、私的には(^^;

それ以上でも、それ以下でもない。

今の光ちゃんは、この言葉で、
「自分にとってのKinKi Kids」を言い切ってるんだと思うんです。


今スタッフに任せてしまっているというのは、
その方向づけを第三者に委ねているということで、
決してGを投げてしまったわけではないんだと思っています。
実際、今度のシングル、3曲もコーラス参加されています。
これで、なんで「何の愛情もない」になるの?
深い思い入れがなきゃ、
こんな地道なこと、やれないですってば。

新曲に向けて、もっと言えばKinKiに向けて、
お隣の方がやられたことって何かありますか?
口以外に何かを動かしましたか。
「願う、思う」と繰り返しながらも、
でも、「できない」と言い放つ。
お得意の申請書は、ご自身のソロの時のみ書くんですかね。
できないことは、全部大人のせいですか。


KinKiのプロデュース、ですと?

ずっと過去に遡れば、それは光一さんのお仕事ではなかったでしょうか。
それこそ、KinKi黄金時代。
その頃、この人と言えば自身のソロ願望とドラマ一辺倒で、
Gに背中を向けた感をおもむろにしていたことは、誰にも目に見えていたことでした。

光ちゃんが舞台で忙しくなり、手が回らなくなったことで、
ようやくお隣がその部分に着手しだした。
当時光ちゃんは、「剛がやってくれて」と嬉しそうに言ってましたね。
今思うと、なんて切ない話なんだろうか。
そして、スタッフからも「やっとKinKi Kidsは2人組になったね」と言われた、
という何かを見たこともあります。

でもその結果…
の、今に至るわけです。

私たちの受難は、このあたりから始まったのかもしれません。



この人は、もう忘れちゃったんだねー。

たくさんの名前を駆使しながら、
あまりにもたくさんの場所に顔と口を突っ込みすぎて。

KinKiを守るべく、その当時はいつも隣にいてくれた人の存在と、
荒れたあなたの言葉を、なんとか理解してあげようと歯を食いしばっていた、
温かいファンもいたことを。



「2人の時間が、一年の半分ちょっとあればいいな」

この言葉、心底ビックリしちゃいました。

この人は、本当に現世に生きているんでしょうか。

それとも、図書委員とやらと一緒に、
おとぎの国へ旅立っちゃったのか。


KinKiだけじゃない。
ジャニーズ全体もそう、
もっと言えば芸能界全般がそう。

もう今や、エンターティメントは、すべての部門が飽和状態なのが現実。

テレビも映画も、みんなが奪い合いです。
リリース関係もだし、ステージだって。

そんな中、ファンを満たすだけに終始するKinKiなんて、
誰が「どうぞどうぞ」と、場所を開けてくれるっていうんだろう。


もしお隣さんが、またあの頃の栄光の日に戻ろうと躍起になったところで、

無理です。

なぜなら、KinKi Kidsは、ジャニーズだからです。

良くも悪くも、
ジャニーズにはジャニーズの定めがあるのです。


お隣さんの大好きとする新境地開拓を名目に、
ヘタに手を出してお門違いの所へ出てしまえば、
「KinKiもいよいよこんな場所に出るようになっちゃったんだね」 という、
憐れみを含んだ言葉しか聴こえてこなくなるのは目に見えてる。

それも、王道を歩んだがゆえなのです。

そこで、それを打ち消すかのごとく、
「凄いね、さすが!」と声を上げることこそが、
図書委員さんに課せられたお仕事。


外へ出るのも、
一人きりだと、カッコイイと思ってもらえるということも、
あながち間違いじゃないと思う。
なので、
先日のフェスのごとく、お一人きりでどうぞ。
そこで受ける絶賛は、あなた一人きりものだから、
存分にご自分に浸ってもらえればそれでいいです。

そこに腕を引っ張ってもらわないといけないほど、
光ちゃんはまったくもって、何も不自由していない。



ftrがいるだけで幸せと繰り返す図書委員さん。

自分たちのKinKiへの要望と
実際の活動のなさとのギャップばかりを嘆いたり怒っておられるようだけど、
このインタビューを読んで、
本当に憂うべきは、
いかにこの2人が、交わらない目線でKinKiを語っているか、
ということじゃないでしょうか。

なぜ、そのことを真剣に心配したり、
考えたりしないままでいられるんだろう。


剛君があれこれ考えあぐね、「遊び心」という言葉で思い描くほど、
時代は、事務所は、KinKiにチャンスをくれたりはしない。


KinKiが思うように動かせなくなったのは、
大人の事情でも、
まして、SHOCKのせいでも何でもない。

その昔、剛くんが自ら手放してしまったから。


一年の半分をKinKi活動に、だなんて、
よもや安易に、残りの半分をフルにソロ活動できる、なんて思い込んでやしないだろうか。

現実を見ましょうよ、現実を。

今、誰であったとしても、
集客であれ、リリースであれ、
思うような数字を出せず、必死なんだという現実を。
エンターティメントなんて、掃いて捨てるほどある時代だということを。


だからこそ、絶対無二のものを手放さない。

「やれるものなら、やってみろ」

それを口にできる光ちゃんの凄さは、
とっくにKinKiを超えたと、私は心から思えている。


自分に許される時間には際限があることがわかっているからこそ、
彼は、その瞬間に自分の持てるすべてを賭ける。

そうすることでしか、道は繋がらない。

実践してきた人だからこその言葉は、圧倒的に力強い。

一部のファンから支持されるためだけのリップサービスが、
いかに薄っぺらいものか。

そんなものがなくっても、
私達は、ずっと光ちゃんの背中を押し続けていける。



まぁ、何だかんだ言ってしまいましたが、
それでも私は、続く限りはKinKiから離れられずにいるのでしょう。

そこに光ちゃんの声と姿が残る限りは。

KinKiと聞いてときめくものなんて、
かけらでもあれば上等かな、くらいなものだけど。

追いかけて、疲れきって、
見え聞こえるお隣の言葉に、
「クソーー、おめーなんてぇぇぇぇーー!!」を繰り返しながら、

きっと息も絶え絶えになっているでしょうが、
まだしばらくは、
そこにいる光ちゃんの凛とした姿を、追い求めていそうな気がします。

そこで生きる光ちゃんを、私は絶対否定しない。



ジャニーズには、ジャニーズという生き方があるんだと思う。

それをプラスに変えた人と、マイナスに捉えた人が、
同じグループにいた惨劇、

それが今のKinKiのような気がするんです。





拍手コメントのお返事です。


るりさま

こんにちは。
みなさん、なんとか光ちゃんだけは逃すまいと奮闘されているんですよね。
はい、私も精進しますよ!(笑)
ほんとに心躍るお知らせをそろそろ…
なんて言ってる間にくるかな?
もうそういう季節ですものねぇ…