2023年SHOCK大千穐楽、おめでとうございます。
今のご時世、一度も止まることなく、最後まで全員で駆け抜けられたことは、本当に素晴らしい!
座長、キャスト、スタッフのみなさん、
コロナ渦の収まりきらない中、
また2作同時上演、本当にお疲れさまでした。
インスタの大千穐楽カテコ映像、
Eternalのユリの花束の光一君もとっても私好みで美しいけれど、
やっぱり、この方は薔薇だな!と実感させられました。
無事の完走をキャスト全員でお祝いできて、嬉しさ全開の座長が素敵♡
今頃はカンパニーロスで寂しい思いを抱えてらっしゃるかしら。
それとも次はいよいよチャリチョコ、
新しい世界への挑戦にワクワクしてらっしゃるかしら。
とりあえずは今しばらく身体をゆっくり休めてほしいな。
さて、前の更新の最後に書いたこと。
客席でずーっと心の中に浮かんでいたことで、迷いましたが自分の場所ですから正直に。
光一さんやSHOCKの楽しさを純粋に追いかけている方は、ご遠慮いただいた方がいいかもしれません。
Eternalという作品そのものに向けてのことです。
2020年9月、梅芸でEternalを初めて観ました。
新型コロナ蔓延で、演劇界も大変な打撃と制約がある中、キャストも観客数も絞り、SHOCKの武器であるフライングや殺陣、階段落ちなどを封印しながらも、座長、キャスト、スタッフのすべての方々の熱意で、「このコロナ渦の中でもSHOCKは続いている」という夢のような現実を届けてもらい、ものすごく勇気と力をもらえました。
スクリーンとポージングを駆使した殺陣でも、舞台上の臨場感は十分伝わってきたし、
幕間休憩もなくぶっ通しで続いたステージは実に勢いよくスピーディーに展開されて、
「このコロナ渦、SHOCKをよくぞここまで」と感動したものです。
紛れもなく、演じ手であり演出家でもある光一さんからしか生まれない素晴らしいスピンオフでした。
そして今年。
コロナ渦もだいぶ落ち着き、ほぼ演劇界も通常に戻りつつある中観たEternal。
4年ぶりの帝劇の客席で観たEternalは、今だからこそ加えられる要素がたくさん取り入れられていて、梅芸で目にした公演よりうんと華やかに施されていました。
殺陣も階段落ちもフライングもちゃんと目の前で繰り広げられ、
パフォーマンス部分は本編とは遜色なく作り直されていた。
「なるほどなぁ〜」と何度も感心しながらも、最後まで観終えた私の中から消えなかったことは、
「Eternalを今改めてやる意味って何なんだろう」っていうこと。
『本編がやれているのに』という意味です。
そして恐れずに言うなら、
「これ、SHOCKを初めて観た人にはストーリーは理解できているのだろうか」ということ。
私が最初に梅芸で観た時には、不思議な事にこの疑問はまったく湧いてはこなかった。
たぶんそれは、「今は非常事態」という意識が強く、あの感染状況の中、劇場に足を運ぶのはずっとSHOCKや光一さんを応援し続けてきた熱心なファンが大半に違いないと思っていたから。
あの頃私の心の内は、「こんな世の中でもSHOCKを観せてくれてありがとう!」って、そういう思いばかりでした。
パンデミックがなかなか終わらない中、博多座での本編からようやく光がさしてきて、いよいよ今年の帝劇SHOCK。
本編上演が決定したにもかかわらず、同時にEternalも、と聞いて、
Eternalは、このコロナ渦の3年間で十分その役割を果たしたのではないのかな、と思ってしまったのは私だけだったでしょうか?
実際、2年間帝劇でのEternalを目にすることはなかった私ですし、いつかはまた再開されるであろう本編への中継ぎ、だからこそのスピンオフなんだという自分の中の認識が変わるきっかけもなかったことも起因しているかもしれません。
だから、本当はここで言葉を出せるような自分でないことも重々自覚しているのですが・・・
あの芝居に本編のパフォーマンスをはめこんだこのEternalは、私にはどこかちぐはぐなものに見えてしまって、これまであまり経験のないもどかしさを抱えつつ、ラストのcontinueを聴いていました。
そういう自分が、今も少し残念でなりません。
たった一回の観劇のチャンス、今年なりの北山君、そして初参加の麗乃さんの役作りを客席から一生懸命追いかけてみたけれど、モノローグのように「あの時・・・」と語るヒロミツやリカを観ただけの私には、「今年のヒロミツは」「今年のリカは」と語ることができません。
そして、小さなころから一緒に育ったカンパニーに、いかにして歪みが生じ、悲劇が起き、そこからどうやって立ち上がって新たな絆と希望が生まれたか。
そのすべて舞台で演じて観客に見せないと、この作品の真のメッセージは生きてこないと思うし、演者の心の表現が、数々の楽曲だったり、ダンスナンバーだったり、パフォーマンスだと思うのです。
そう考えると、この作品のバックボーンって、ものすごく大切なんだなって改めて痛感。
コロナが落ち着き、ようやく劇場に足を運んでみようと試みた初めてという方にこそ、本編からのSnow must go onを噛みしめてほしいと心から思いました。
フライングや殺陣、階段落ちなどのパフォーマンスありきでSHOCKを観た気分になってしまうのは、ほんとそれこそもったいないという思いしかありません。
それに正直、Eternalはちょーっと悲しさが前に出すぎるんだよね・・・
昨年博多座で本編が叶ったことで、ファンが確信した念願の帝劇での本編再開。
ライバル役は勝利君と北山君の一カ月ずつのWキャスト、
どちらのライバル役で観ようかな・・・という嬉しい迷いだけでよかったはずで、
どっちの作品を観ようか・・・は、必要あったかなぁ・・・?
その帝劇、キャストの皆さんの渾身の努力で、無事に全員で大千穐楽を終えられました。
そのこと自体本当にものすごい快挙だし、心の底から拍手を送りたいけれど、もしかしたら今座長をはじめカンパニーのみなさんが感じておられる達成感以外にも、本来は必要のない緊張感もハンパなかったのでは。それが事故やアクシデントにつながってしまうことをとっても心配していたけれど、無事に走り切れて本当によかった!
本来SHOCKという作品は、毎年のようにストーリーを深め、事故や怪我無く全員が毎日安全に演じきることを二ヵ月間も続けることだけでも、ものすごい挑戦なんだと思うんですよね。
また、4つのSHOCKが準備されることは、これまでにないくらいのチケット難が生まれることも誰にも想像できて、座長が口にしていた「昼は本編、夜はエタ」なんていう贅沢なことを叶えたファンはどのくらいいたんだろう。
一ファンとして、せっかく本拠地帝劇で再開された本編をたくさんの人が目にできる二ヵ月間であってほしかったし、やっぱり今後もSHOCKと呼ばれるものは本編であってほしい。
極端な話、私自身はスピンオフであるEternalは、20年続いたSHOCKの歴史の中で、円盤の中に残してもらえさえすれば充分だったんじゃないかとすら思っているのです。
感染拡大が長引いたことがすべてですが、こんなに何度もEternalが上演されるとは思いもしなかった。
誤解しないでほしいのは、もっと先、何年か後にでも再生した円盤を見て、「あのコロナ渦では、こんなSHOCKも上演されていたなぁ」と、その時に改めて光一さんの力と作品に向ける愛情を噛み締めることができたなら、それもファン冥利に尽きることじゃないかと思うのです。
Eternalはそういう意味でも、残すべき素晴らしい作品だとそれは心のそこから感じています。
とにかく、2ヶ月間、4つのSHOCKが全公演無事に終わって本当によかった。
まだ大千穐楽が終わって興奮の続いている中、水を差すようなことを書いてしまってごめんなさい。
中には、私はEternalの方が好き!の方もたくさんおられるはず。
誤解のないように書きますが、もちろん私も大好きです。
ただ、今年目にしたEternalは、私の中でどうしても、欲張りすぎ、詰め込み過ぎ、を拭いとることができませんでした。
座長とカンパニーの皆さんの頑張りがこちら側に届けば届くほど、「ああ、もったいない‥‥」の気持ちが溢れて仕方なかったのです。
もしかしたら、私が感じたこの「欲張りすぎ、詰め込みすぎ」は、光一さんの今後のことや、帝劇2025年問題やらに由来しているものなのかもしれません。
光一さんにとっては全身全霊をかけて作り上げてきた、自分の分身のようなものですから、愛着があり大切にしたいという気持ちももちろんわかります。
ただ、Eternalを観終えたあと、私の周辺の人達からは、みんな同じ言葉が行き交います。
「本編が観たい〜〜〜!」
ああ、それも、もしかしたら策略なのか・・・
結局、また私達は光一さんの掌の中で転がされているのかもしれないですねぇ。
そのくらいに捉えているくらいでちょうどいいのかな、と思いながらの毎日です。
幸運にも一回でも客席に座ることができたのに、この未消化の独り言を吐かないと済まなくなった私をお許しください・・・
今のご時世、一度も止まることなく、最後まで全員で駆け抜けられたことは、本当に素晴らしい!
座長、キャスト、スタッフのみなさん、
コロナ渦の収まりきらない中、
また2作同時上演、本当にお疲れさまでした。
インスタの大千穐楽カテコ映像、
Eternalのユリの花束の光一君もとっても私好みで美しいけれど、
やっぱり、この方は薔薇だな!と実感させられました。
無事の完走をキャスト全員でお祝いできて、嬉しさ全開の座長が素敵♡
今頃はカンパニーロスで寂しい思いを抱えてらっしゃるかしら。
それとも次はいよいよチャリチョコ、
新しい世界への挑戦にワクワクしてらっしゃるかしら。
とりあえずは今しばらく身体をゆっくり休めてほしいな。
さて、前の更新の最後に書いたこと。
客席でずーっと心の中に浮かんでいたことで、迷いましたが自分の場所ですから正直に。
光一さんやSHOCKの楽しさを純粋に追いかけている方は、ご遠慮いただいた方がいいかもしれません。
Eternalという作品そのものに向けてのことです。
2020年9月、梅芸でEternalを初めて観ました。
新型コロナ蔓延で、演劇界も大変な打撃と制約がある中、キャストも観客数も絞り、SHOCKの武器であるフライングや殺陣、階段落ちなどを封印しながらも、座長、キャスト、スタッフのすべての方々の熱意で、「このコロナ渦の中でもSHOCKは続いている」という夢のような現実を届けてもらい、ものすごく勇気と力をもらえました。
スクリーンとポージングを駆使した殺陣でも、舞台上の臨場感は十分伝わってきたし、
幕間休憩もなくぶっ通しで続いたステージは実に勢いよくスピーディーに展開されて、
「このコロナ渦、SHOCKをよくぞここまで」と感動したものです。
紛れもなく、演じ手であり演出家でもある光一さんからしか生まれない素晴らしいスピンオフでした。
そして今年。
コロナ渦もだいぶ落ち着き、ほぼ演劇界も通常に戻りつつある中観たEternal。
4年ぶりの帝劇の客席で観たEternalは、今だからこそ加えられる要素がたくさん取り入れられていて、梅芸で目にした公演よりうんと華やかに施されていました。
殺陣も階段落ちもフライングもちゃんと目の前で繰り広げられ、
パフォーマンス部分は本編とは遜色なく作り直されていた。
「なるほどなぁ〜」と何度も感心しながらも、最後まで観終えた私の中から消えなかったことは、
「Eternalを今改めてやる意味って何なんだろう」っていうこと。
『本編がやれているのに』という意味です。
そして恐れずに言うなら、
「これ、SHOCKを初めて観た人にはストーリーは理解できているのだろうか」ということ。
私が最初に梅芸で観た時には、不思議な事にこの疑問はまったく湧いてはこなかった。
たぶんそれは、「今は非常事態」という意識が強く、あの感染状況の中、劇場に足を運ぶのはずっとSHOCKや光一さんを応援し続けてきた熱心なファンが大半に違いないと思っていたから。
あの頃私の心の内は、「こんな世の中でもSHOCKを観せてくれてありがとう!」って、そういう思いばかりでした。
パンデミックがなかなか終わらない中、博多座での本編からようやく光がさしてきて、いよいよ今年の帝劇SHOCK。
本編上演が決定したにもかかわらず、同時にEternalも、と聞いて、
Eternalは、このコロナ渦の3年間で十分その役割を果たしたのではないのかな、と思ってしまったのは私だけだったでしょうか?
実際、2年間帝劇でのEternalを目にすることはなかった私ですし、いつかはまた再開されるであろう本編への中継ぎ、だからこそのスピンオフなんだという自分の中の認識が変わるきっかけもなかったことも起因しているかもしれません。
だから、本当はここで言葉を出せるような自分でないことも重々自覚しているのですが・・・
あの芝居に本編のパフォーマンスをはめこんだこのEternalは、私にはどこかちぐはぐなものに見えてしまって、これまであまり経験のないもどかしさを抱えつつ、ラストのcontinueを聴いていました。
そういう自分が、今も少し残念でなりません。
たった一回の観劇のチャンス、今年なりの北山君、そして初参加の麗乃さんの役作りを客席から一生懸命追いかけてみたけれど、モノローグのように「あの時・・・」と語るヒロミツやリカを観ただけの私には、「今年のヒロミツは」「今年のリカは」と語ることができません。
そして、小さなころから一緒に育ったカンパニーに、いかにして歪みが生じ、悲劇が起き、そこからどうやって立ち上がって新たな絆と希望が生まれたか。
そのすべて舞台で演じて観客に見せないと、この作品の真のメッセージは生きてこないと思うし、演者の心の表現が、数々の楽曲だったり、ダンスナンバーだったり、パフォーマンスだと思うのです。
そう考えると、この作品のバックボーンって、ものすごく大切なんだなって改めて痛感。
コロナが落ち着き、ようやく劇場に足を運んでみようと試みた初めてという方にこそ、本編からのSnow must go onを噛みしめてほしいと心から思いました。
フライングや殺陣、階段落ちなどのパフォーマンスありきでSHOCKを観た気分になってしまうのは、ほんとそれこそもったいないという思いしかありません。
それに正直、Eternalはちょーっと悲しさが前に出すぎるんだよね・・・
昨年博多座で本編が叶ったことで、ファンが確信した念願の帝劇での本編再開。
ライバル役は勝利君と北山君の一カ月ずつのWキャスト、
どちらのライバル役で観ようかな・・・という嬉しい迷いだけでよかったはずで、
どっちの作品を観ようか・・・は、必要あったかなぁ・・・?
その帝劇、キャストの皆さんの渾身の努力で、無事に全員で大千穐楽を終えられました。
そのこと自体本当にものすごい快挙だし、心の底から拍手を送りたいけれど、もしかしたら今座長をはじめカンパニーのみなさんが感じておられる達成感以外にも、本来は必要のない緊張感もハンパなかったのでは。それが事故やアクシデントにつながってしまうことをとっても心配していたけれど、無事に走り切れて本当によかった!
本来SHOCKという作品は、毎年のようにストーリーを深め、事故や怪我無く全員が毎日安全に演じきることを二ヵ月間も続けることだけでも、ものすごい挑戦なんだと思うんですよね。
また、4つのSHOCKが準備されることは、これまでにないくらいのチケット難が生まれることも誰にも想像できて、座長が口にしていた「昼は本編、夜はエタ」なんていう贅沢なことを叶えたファンはどのくらいいたんだろう。
一ファンとして、せっかく本拠地帝劇で再開された本編をたくさんの人が目にできる二ヵ月間であってほしかったし、やっぱり今後もSHOCKと呼ばれるものは本編であってほしい。
極端な話、私自身はスピンオフであるEternalは、20年続いたSHOCKの歴史の中で、円盤の中に残してもらえさえすれば充分だったんじゃないかとすら思っているのです。
感染拡大が長引いたことがすべてですが、こんなに何度もEternalが上演されるとは思いもしなかった。
誤解しないでほしいのは、もっと先、何年か後にでも再生した円盤を見て、「あのコロナ渦では、こんなSHOCKも上演されていたなぁ」と、その時に改めて光一さんの力と作品に向ける愛情を噛み締めることができたなら、それもファン冥利に尽きることじゃないかと思うのです。
Eternalはそういう意味でも、残すべき素晴らしい作品だとそれは心のそこから感じています。
とにかく、2ヶ月間、4つのSHOCKが全公演無事に終わって本当によかった。
まだ大千穐楽が終わって興奮の続いている中、水を差すようなことを書いてしまってごめんなさい。
中には、私はEternalの方が好き!の方もたくさんおられるはず。
誤解のないように書きますが、もちろん私も大好きです。
ただ、今年目にしたEternalは、私の中でどうしても、欲張りすぎ、詰め込み過ぎ、を拭いとることができませんでした。
座長とカンパニーの皆さんの頑張りがこちら側に届けば届くほど、「ああ、もったいない‥‥」の気持ちが溢れて仕方なかったのです。
もしかしたら、私が感じたこの「欲張りすぎ、詰め込みすぎ」は、光一さんの今後のことや、帝劇2025年問題やらに由来しているものなのかもしれません。
光一さんにとっては全身全霊をかけて作り上げてきた、自分の分身のようなものですから、愛着があり大切にしたいという気持ちももちろんわかります。
ただ、Eternalを観終えたあと、私の周辺の人達からは、みんな同じ言葉が行き交います。
「本編が観たい〜〜〜!」
ああ、それも、もしかしたら策略なのか・・・
結局、また私達は光一さんの掌の中で転がされているのかもしれないですねぇ。
そのくらいに捉えているくらいでちょうどいいのかな、と思いながらの毎日です。
幸運にも一回でも客席に座ることができたのに、この未消化の独り言を吐かないと済まなくなった私をお許しください・・・